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サンディエゴにはボートを停泊できる施設のあるマリーナがたくさんあります。
そしてマリーナにはボートスリップといってボートの駐車場のようなものがたくさんあります。
このボートスリップ(駐車場)では電話、電気、サテライトテレビが利用できます。
そしてマリーナの全体の10%のボートスリップでは人が住むことが許されています。
とはいうものの、水質汚染が懸念されているので近いうちに法律ができて人が住むことができなくなると思います。
シアトルではすでにマリーナには人が住むことはできないそうです。
私たちはこの地図上の「ボートスリップその1」には2年ほど住んだでしょうか。
こちらが拡大図。この半島(コロナドアイランドと言われていました)からはサンディエゴのダウンタウンまで10分しかかからないという好立地条件かつその昔はお金持ちのバケーションコテージがあった場所ということで治安の良い場所でした(お金持ちしか住めないくらい家が高かったので)。
そんなすばらしい場所に住めたのもすべては「ボートに住もう」と決めたおかげでした。
当時のサンディエゴは人口が爆発的に増えて売り手市場だったからです。
アパートの空きがない上に高い。高いけれども決して安全な場所でないなどいろいろなところをあたりましたが私たちの経済状況ではとても海岸線方面へ住むなんて不可能でした。
ボートに住むことになったきっかけはいろいろあったので今回は割愛しますがともかく貧乏夫婦がこのような一等地に住めるということはシアワセなことでした。
サンディエゴという場所は本当にすばらしい場所でした。
とにかく気候が温暖です。
一年を通じて最低気温が最悪でも15度くらいで最高気温が30度くらいです。
しかも湿気がないので30度とはいっても日陰に入ると寒いくらいです。
セイルボートに住めたのもこの気候あってのことでした。
クーラーがまったくいらなくてしかも蚊やハエがいなかったので大変快適にほぼ外で過ごす生活がまったく苦にならず、苦になるどころか外のほうが気持ちよいのでほぼ外で暮らしているようなものでした。
今でも人口こそ増えて町がきれいになって渋滞ができるようになりましたが私たちが引っ越した頃はちょうどカルコムという大企業がサンディエゴに誘致されて久しく、ちょうど経済の波が押し寄せてきた直後でした。
そしてサンディエゴにはものすごいたくさんの公共サービスがありました。
例えば職業訓練所がものすごい充実していました。
ありとあらゆる職業の訓練がほぼ無料で多くの地域で行われていて不便には不便でしたが車がなくても通えるように配慮されていました。
さらには大学も昼間だけでなく夜間クラスも充実していて、サンディエゴ郡内にはたくさんの分校があって大変便利でそれこそ働きながらでも学校に通うことが無理なくできました。
そして何よりも自然。
私たちは本当に当時貧しかったのでお金のかかるお出かけができなかったので椅子とクーラーボックスを持ってビーチやビーチに併設されている公園へ毎週のように出かけていって湾を行きかう船を見たり歩いたりローラーブレードをやったり、のんびりと、何もしないけれども贅沢な日々を送りました。
この公園やビーチには必ずピクニックテーブルやBBQのグリルが設置されていて誰でも使えるようになっているのですが毎週のようにメキシコ系、アラブ系、そのた外国人の大家族が集まってわいわいと楽しそうにパーティーをしていました。
海岸沿いはそのようにすばらしいビーチと公園、天気に恵まれていましたが内陸地は内陸で山というには小さいですがたくさんのハイキングとレールがあり、また違う植生が見れ、しかも大変見晴らしがよくて(たいていの山の頂上から海が見えるんですよ)それも楽しみの一つでした。
こうして振り返ると貧しかったのにまったく卑屈にならずに済んだのはこの贅沢なロケーションあってのことだとつくづく感謝せざるをえません。
このころの私は、毎日のようにこう思っていました。
「今日も最高の日和。きれいな自然と穏やかな気候は平等に貧乏人にもお金持ちにも与えられる贈り物だなあ」と。
今では家族も増えてセイルボートでは暮らせません。もしこのブログを読んでいる方で子供さんが留学予定がある方には絶対にサンディエゴをお勧めします。
まず天気がよいので一年中服装が変わりません。つまりわざわざ冬服を買う必要がないんです。秋や春の準備があれば十分です。
学生さんがビーチでたむろしているのを見ると本当に健康的だと思います。
お金もかかりませんよ。
交通機関もアメリカにしてはそれほど悪くないので車なしでも何とかなります。
もちろんあったほうが楽しいですがね。
そしてもし留学したあとに仕事をしたかったらカリフォルニアにはたくさん日系企業があるので大変有利だと思います。
私たちは今は北カリフォルニアに住んでいるので今はもうこのセイルボートはありません。
サンディエゴでのセイルボート生活は貧乏でも心豊かにしあわせに暮らすことができることを教えてくれました。
あのときの生活がなかったらどこへ行っても何をしてもどんな立派な家に住んでいても何も感謝できない人間になっていたかもしれません。
立派な家に住む予定はまったくありませんが・・・。