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2015年08月23日(日)

3年ぶりの日本

3年ぶりの日本、2ヶ月滞在しました。
滞在と散財は韻を踏むんだな・・・というか、散財する気がなくても散財してしまうというアウエイの法則(今自分で作りました)が作用して最初の3週間で持っていったお金ほとんどなくなっちまいました。

「子供が大きくなって退職したら旦那と日本の田舎に住む」、と決めてはあります。
が、それまでの間こうやって帰国するたびに「あーー、日本に住みたい!」とも思うしあの「休みの日にどっか行こうとするとありえないくらい人が多い」現象も耐え難いとも思うし、ですね。
いや、まてよ?!私、静岡にいる限りはそうは思わないんだった。今回東京に何回か行って衝撃的なことが幾つかあったのだ。

東京の人はあたりまえ~と思っているのかもしれませんが・・・

お台場のこども未来館でもIKEAでもどこでも「まず席をゲットしておいてそれから食事を買いに行く」というのにめっちゃめっちゃ疲れたのだ!!!何故疲れるか!?だって、ご飯食べるのが終わりそうな家族のテーブルの横で待ち構えて席ゲットするんだよ!?そして食事を買うのに並ぶ並ぶ!!!子供が騒ぐ騒ぐ!できまへん。座っている人を恨めしそうにみる自分の心の余裕の無さがすごく嫌でした。

そして東京の博物館や水族館のやすさに喜んでいたのですがプールとか高くてびっくりした。
立川というところに(ちなみに立川は私の大好きな漫画家が住んでいるらしい)「昭和記念公園」という国立公園があったのだけれども、駐車に820円、プール使用料に2300円かかったのにもうぶっ飛びました。

コンビニのコーヒーが美味しすぎてスターバックスの存在意義がどうしても見えないとか(笑)そんなこんなで今は帰ってきて毎日朝3時まで目がさえて眠れなくて朝10時おきというこの現実をどうやって水曜日までに解消しようか模索中です。

しゅぜんじ
修善寺というところに独鈷の湯(とっこのゆ)という足湯があります。私が若い頃は無料の混浴場でした。足湯でよかった。その隣のお茶屋さんで飲んだ抹茶。

とっこのゆ
で、独鈷の湯。

竹林
竹林を歩きました。

もうちょっと頑張ってブログやりたい~~!(と、3年くらい前から言っています)
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22:21  |  家族  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2015年02月17日(火)

甥っ子君

日があいてしまいました~。

甥っ子くんが10日間滞在中です。

甥っ子くんは関東圏に住んでいる大学2年生。はるか遠くから遊びに来てくれただけでも嬉しいのに本当に子供の面倒をよく見てくれて泣きそうに嬉しいです。

毎日子供が寝る前に本を読んでくれます(頼んだわけではないです)。それを見て自分の母親としての雑な子供への扱い(常にすべてを面倒くさいと思っている)を反省しました。

もうちょっと人に(子供だけでなく人間全般に)優しい人間になろう!とか思いました。

そして毎日和食作っているうちに「もうちょっとご飯もがんばろう!」と思いました。

シングルマザーの姉を尊敬するばかりです。

優しくて、忍耐強くて、文句ひとつ言わない甥っ子(もちろん自分の親じゃないからかもしれないけれども)、子供に本当に優しい甥っ子、私の家族はなんとも祝福されているなあ~~と思う毎日です。

こういう時は日本がとっても恋しくなります。

そしてネガティブな私はもう甥っ子くんが帰ってしまう時のことを考えると切なくてジーンとしてしまうのです。

22:40  |  家族  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

2015年01月15日(木)

幸せって~

 今晩は。
 いざブログを書こうと思ったら自分の日常というのはわざわざ書いて共感してもらうようなことが特に無い日常なんだな・・・と感じました。
 あえて無理矢理ネタを探してみました。
 9歳の息子が中耳炎ぽいので明日朝一番で病院に連れて行ってもらう手はずをした・・・とか、6歳の息子がフルチンで踊っていて叱るはずがつい吹き出してしまって調子に乗らせてしまった・・・とか・・・。文章では臨場感が出ないのでビデオを撮っておくべきだったかも知れませんが子供の汚点になりそうなビデオを撮るのもいかがなものか、とか子供もだんなも寝静まった静かな部屋でテレビ見ながら考えています。
 あー、幸せ。
22:10  |  家族  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2012年01月03日(火)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

やっとブログを書きたいと思えるようになって来ました。自分としてはいろいろ部分で引きこもっていたつもりですがそれでも毎日の生活を全くの引きこもりで過ごすわけにはいきませんでした。でもそれがよかったなーと思います。やらなければならないことがあったり行かなくてはならない所があったり会いたい友達がいたりするのは本当にココロの健康になんて役に立つんでしょうか。そうでなければ私はもしかしたら今頃欝とか重度の引きこもりになっていたのかもしれないと思います。

父が死にました。12月のことです。直前までまったくそんな危機感のなかった私。心の準備がないままいろいろなことが起こって父の病状を受け入れるのに時間がかかりました。

話せば長くなるのでかいつまんで書きますと4月に食道がんが見つかって手術をして経過はよかったのですが元気になってからの第一回目の抗癌剤治療に耐えることが出来ずにいて9月頃に再発とのことで2度目の抗癌剤治療をしたのですがそれがさらに合わずにそれからいっさい食事をすることができなくなって1ヶ月後の通院の際に熱が出ていたため緊急入院をしてそれから病院に入ったきりになり(半日だけ外出はしましたが)12月3日に息を引き取りました。

入院してから1ヶ月ほどたって症状が安定した頃に私は2週間帰省して父と会ってきました。まだ話もできて本当にあの時帰ることができてよかった、そんな完璧なタイミングでした。私が帰った後(11/8日に帰国)だんだん話すこともできなくなって寝ていることや幻覚を見ることが多くなったのであの時のタイミングで私が帰省できたことは本当によかったと弟が言ってくれました。

私は本当にまったく父の病状に危機感がありませんでした。癌だと聞いてもきっと治ってまた毎年会うようになるんだろうな、ああ、お父さん病気で更にわがまま&頑固になるなんてうざいなあ、なんてひどい事まで考えていました。

日本へ行って最初に父にあった日の衝撃は一生忘れないと思います。痩せて骨と皮になった父を見て悲しかったです。父をウザいなんておもっていた自分が恥ずかしかった。いろいろあったけれども父と良い時を過ごせて本当に良かったと思います。

ブログをかけると思ったきっかけは手紙を書いたことです。父のことで自分の感じたことや経験したことをなかなかまとめることができなかったのですが友人の弟さん(38歳)が1年くらい前からやはり癌で闘病していると聞いたときにその友達に自分の話を聞いて欲しい、と思ったからです。聞いてもらうのは自分の為です。私は話せば話すほど癒されていきます。いろいろな思いをただつらつらと友人や姉たち、母、嫁さんなどに話しながら私は父の病気を受け入れていくことが少しずつ出来るようになりました。だから同じように家族が癌で苦しんでいる友達に話したらもっと癒されるかもしれないと図々しく思って自分の体験を書きました。以前は書き始めてもなかなか書き終えることができなかったのに今回は書き終えることが出来ました。自分の事を書いているうちにとても癒されました。そして友達に読んでもらうことによってもとても癒されました。

それでブログが書けそうだと思ったので書き始めることにしました。

私は父は天に召されたのだと思います。今は寂しくもなく辛くもないんだと思うと本当に幸せです。だから新年はおめでたいです。

読んでくれてありがとうございます。
18:54  |  家族  |  TB(0)  |  CM(14)  |  EDIT  |  Top↑

2009年08月22日(土)

かみ合わない夫婦

-記事の訂正-

前前回?に砂遊び道具が売っていないのを「新しく幼稚園児になる子供の必須持ち物だから」というようなことを書きましたが私の英語聞き取り能力の無さを思い知らされました。

これをお母さん友達(子供が幼稚園生)に話したら「ちがうよ。その店員は『砂遊び道具は夏の季節モノのコーナーにあったけれども季節モノコーナーは今は新学期用品に変わったからないよ』って言っていたんだと思う」という鋭いつっこみが入りました。ああ~納得。

というわけで訂正終わり~。

先日の週末「今日は暑くなりそうだからサンフランシスコに行ってみんなでサイクリングしようか」なんて話になりました。
(↑サンフランシスコは海からの風で夏も大体涼しいです)

湾に吹く冷たいさわやかな風・・・うつくしー風景・・・誰がこの後に起こる悲劇を予想できたでしょうか?!

私はほんの30分くらい湾の周りを走って屋台でカニとか食べて帰ってくるつもりだったんですよ。
(バックグラウンドの橋、ごーるでんげーとぶりっじがどのくらい遠くにあるかに注目)

写真はクリックすると大きくなりますよ~
bike2.jpg

私は「橋の手前あたりでユーターンして返って来ようよ」みたいなことを言っていたような気がするんですよ。
それなのに橋の手前で止まって待っていた私を追い越して橋へ向かっていく主人。「え?え?橋、渡る?!ここでターンするって・・・」と叫ぶ私・・・その声は海峡を吹く風に無残にもかき消されていったのでした。


DSCN1075.jpg


しょうがなく私も橋を渡り始めたんですが橋の歩道が観光客でめちゃ混み。
私は「橋渡るなんていっていないのに勝手にどんどん行っちゃって~許せん!」とかぷんぷんしていたんですがなにしろ歩道が狭いわ人がひしめき合っていて危ないわで神経が擦り切れそうになっているうちに怒っているような余裕がまったくなくなってきました。

何とかしてフェリー乗り場に到着。
対岸からはフェリーで帰ってきたんですが・・・フェリー降りたところから車を止めたところまでまた1時間くらいでした。

DSCN1076.jpg



DSCN1087.jpg

0歳児と3歳児を含む家族のサイクリングがフェリーでの休憩30分込みで4時間半って・・・

つ、疲れました。

もうあまりにも疲れて文句もいえなくなったのですがただ一言「ちょっと大変だった」と言ったら・・・

「橋があんなに混んでいるとは思わなかった(そこ?!)」

って言われました。

主人(典型的アメリカ人)の「ちょっとそこまで行ってくる(最低でも16キロくらい)」とか「すぐ行くよ(30分)」とか慣れたつもりでしたがまだまだ修行が足りないようです。
19:06  |  家族  |  TB(0)  |  CM(7)  |  EDIT  |  Top↑
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